50年前

おこんばんは~!

緊急事態宣言も解除され、街中は解放された気分なんでしょうか?

ノーパン族の数がどんと増えたような気がします。

この様子では間違いなく第二波がやってきます。ったくぅ~~~!

ドラッグストアにはマスクがあふれ・・・

大きな声でしゃべるおばさまたち

経済も大事ですが・・・やっぱり命が一番だと思うんですけどね。

 

実はこの記事はちょっと前にアップしようと書いたことがあるのですが・・・

いかにもワタクシらしいというか・・・ちょっと大げさなような気もしてやめました。

 

記事にすることもなく、自分の中で決めて行動すればいいこと・・そう思ったんです。

 

ところが昨日たまたま見ていたテレビで

ハワイの人が私と同じような考えでいることが分かりました。

 

あの頃は今のように猫も杓子も海外旅行には言っていませんでした。

JALのマークの付いた白いバッグを肩にかけてタラップを上っていた姿

まだ一部の人のものだったと記憶しています。

 

ケンタッキーフライドチキンはすでにあり・・・

マックも次の年には一号店がオープンしました。

 

でも、今あちこちにあるコンビニはまだなかったような記憶があります。

奥さまたちは買い物かごをもって、市場や商店街に出かけ買い物をしていました。

野菜も魚も新聞紙にくるまれて

卵まで新聞紙にくるまれていました。

今あるレジ袋なんてまだなかったと思います。

 

それでもほとんどの家に冷蔵庫や洗濯機、そしてテレビに電話はありました。

なかったのはパソコン…今ではなくてはならないものですね。

後は携帯電話もありませんでした。

 

この二つは今はなくては困りますが・・・あとは50年前の生活に戻ってもさほど

不自由はないと思うんです。

 

身の丈にあった生活がいかに大事か今回のコロナは教えてくれました。

長期の休みに海外旅行に出かけるのは勝手ですが

そのため貯蓄もさほどできなくて、子供が大学生になって今生活にも困っている姿を 

見てもなんとも思わないんでしょうか?

食品を配っているところに大きなバッグをもってもらいに来る大学生

自分の子供のそんな姿を見ると親としての不甲斐なさを感じないんでしょうか?

そんな話を息子にすると

「そんな子の親は、『あら・・・もらえてよかたわね』そんな感じだと思うよ」

と言ってケラケラ笑っていました、

 

この50年で親の子供に対する気持ちも随分変わったんですね。

以前のブログで親という字は木の上に立って子供を見守っている意味

なんて書いたことがあるんですが、当時幼稚園の先生をなさっているお仲間が

「今の親は木の上に上がって踊ってるのよ」といわれたことを思い出しました。

 

そうそう。。。昭和50年の頃の食事が日本人にとっても最適な食事だそうですね。

豪華じゃなくてもいい・・・・インスタ映えなんて関係ない

もう一度食事の内容も考えてみなくては!と思ったワタクシです。

これもコロナ様のおかげ・・・・ありがたや、ありがたや!

 

ほな~!